一神教圏の人には日本は多神教と答えればよい。

トラネコ

2016年10月04日 00:00

【海外の反応】日本人は何の宗教を信仰していると思われている?
文化庁の統計によると、日本で信者が最も多いのは神道の約9200万人で、次に仏教の8700万人となっており、キリスト教の約200万人が続く。神道と仏教の信者数だけで日本人口を優に超えることから、一人が複数の宗教を信奉していることがわかる。海外では日本人の宗教観をどのようなイメージでみているのか。そもそも神道を知っているのか。海外在住ライターが、日本人の宗教がどう見られているのかをリポートする。

【アメリカ】「そんな考え方があるの!?」日本の宗教観に興味深々
(現地在住ライター 長谷川サツキ)
アメリカ人は昔に比べて無宗教者が増えてきたものの、キリスト教徒が圧倒的に多い。信心深い人が多く、毎週末教会へ行き、ボランティア活動に勤しみ、クリスマスはミサに出かけていく。そんなアメリカ人は日本人の信仰についてはあまり知識がない。そのため親しくなってくると遠慮がちに何の宗教を信仰しているのか聞いてきたりする。

だが私たち日本人の宗教観をアメリカ人に説明するのは正直難しい。
日本人は宗教を伝統や文化に近い感覚で柔軟に受け入れているように思う。クリスマスを祝い、元旦に神社へ初詣へ行き、帰れば家に仏壇があり、八百万の神の昔話をする。特定の宗教を信仰していないからといって無宗教者と答えてしまうと、神を積極的に排除しているようでこれまたニュアンスが違う。一言で説明するのは難しいので長々と例を交えながら日本人の宗教観を説明することになるのだが、ほとんどの場合仰天しつつも「そんな面白い考え方があるなんて」と興味を示してくれる。宗教の話は海外ではタブーと思っていたが、宗教を通じての異文化交流もなかなか面白い。

【イギリス】複数の宗教を信仰するのに違和感?
(現地在住ライター バックリー佳菜子)
イギリスでは日常会話のどの宗教を信仰しているのか聞いたり、宗教によって差別されることは大きなタブーとなっている。そのため宗教を意識せずに日々の生活ができるが、その影響か時々大きな勘違いをしているイギリス人に出会うことがある。例えば筆者は個人的に豚肉や牛肉があまり好きではないので鶏肉料理かベジタリアンのメニューを注文することが多いのだが、同席していた友人から宗教上の理由でRed Meat(牛肉やラム肉など)を食べないのだろうと思われていたということがあった。

またアジア人というだけで必然的に仏教徒だと思われることも多々ある。(イギリスではタイ系移民も多く、アジア人というとタイに近いと思われがちだ)筆者は例に漏れず、父方は神道、母方は仏教の家庭出身でどちらも信仰しているタイプであるが、この事実を伝えるとまだびっくりされることも多いのである。

【ブラジル】日本といえばやっぱり仏教
(現地在住ライター 増成かおり)
ブラジル人には、日本は仏教の国と思われていると思う。宗教を聞かれた私が仏教徒だと答えると、すべての人が「やっぱり」と言うからだ。逆に、日本にもキリスト教など他の宗教を信じる人もいると言うと驚かれることもある。日本人が信仰しているのは仏教だけというイメージがあるのだろう。

そんなブラジルは約65%の人がカトリック教徒で、他にも仏教を含め多くの宗教が存在する。

しかし複数の宗教が同時に自然に溶け込む日本の日常を、ただ一人を神と崇めるクリスチャンのブラジル人には理解しにくい。日本では、仏壇が置いてある家で神棚に手を合わせるのは普通だし、12月になればそこにクリスマスツリーを飾るのも当たり前と言っても不思議そうな顔をされるばかりだ。

以前、古く大きな木を切る様子を友人と見た。私が、日本では八百万もの神がいると信じられているので、この木にも神が宿っていると思うと言うと、その数に驚いていた。こうした日本の宗教観が、日本を神秘的にみせているのだろう。
HowTravelニュース  2016.9.28
http://www.howtravel.com/news/religion/

日本の宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99





確かに一神教圏の人々が日本人の宗教を知るには難しい面があるだろう。
しかしその逆もまたしかりであり、我々は一神教の価値概念を知らない。
宗教文化は異文化理解の重要なカギでもある。

記事にある宗教別人口も二つ以上の信仰を持つ人がいるということで、
人口の2倍近くにもなってしまうのであろう。昔、学生時代のある講義で、
教授が日本人は宗教的に無節操だと言ったことを覚えている。

しかし後年いろいろ勉強してくると宗教的無節操という言い方は、
西欧の一神教文化からの立場であることがわかった。むしろ逆に、
日本人は宗教に対し無節操ではなく、寛容なのである。



        日本人は宗教的に無節操ではなく寛容なのである。
        いいじゃないか、いろんな神様と共存しているってことは、
        人類が目指すべき世界平和の思想そのものなのだから。



日本人なら特別熱心に宗教を信仰している人は比較的少ないだろうが、
決して無神論者ではなく、一神教やカルトみたいな教条的信仰はしないが、
目に見えない何かを畏怖する敬虔さや精神は持ち合わせている。

私個人はメキシコやその他の中米諸国で、自分の信仰について尋ねられれば、
神道か仏教信者だと答えている。別に特別熱心に信仰している訳ではないが、
一神教圏では無宗教とか無神論と答えるのは反社会的人物と解されるからだ。

何度か述べてきたように一神教圏では宗教が道徳の教えなのである。
日本人は宗教ではなく儒教精神が道徳の基盤になっている違いはあるが、
一般的に無神論者は極めて少ないだろうと思う。

<参考エントリ>
見えない何かを畏れる文化
http://ryotaroneko.ti-da.net/e3701031.html



      毎年8月15日には大勢の日本国民が靖国神社に参拝する。
      彼らは決して軍国主義でも何でもないごく普通の日本国民である。




日本人は宗教を伝統や文化に近い感覚で柔軟に受け入れているように思う。
 クリスマスを祝い、元旦に神社へ初詣へ行き、帰れば家に仏壇があり、
 八百万の神の昔話をする。特定の宗教を信仰していないからといって
 無宗教者と答えてしまうと、神を積極的に排除しているようで
 これまたニュアンスが違う。

その通りだ(笑)
メキシコで宗教の話に立ち入ってする場合は、こう答えている。
日本人の古来からの信仰は神道だが、これはメキシコ先住民の宗教に近いと。
被征服民族の先住民と似た宗教だという、ここがポイントである。

それは多神教(アニミズム)であり、太陽、風。雨、土・・・など、
すべての自然の事象には神々が宿り、その自然を大事にするのが神道であり、
だから日本は自然を尊び守り、宗教戦争がない国だと説明する。



            国歌「きみがよ」に出てくるさざれ石


そして一神教と決定的に異なるのは、宗教的世界観における人間の位置づけである。

一神教ではが頂点にあって、その次に人間がありその下に自然界があるが、
神道やアニミズム世界では創造神は存在せず、自然そのものが神的存在としてあり、
人間は森羅万象の自然界の一構成要素に過ぎないということである。

創世記にはこうある・・・

  「神は言われた、「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。
  そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」


この言葉からもわかる通り、一神教では人間は神のNO.2であり自然の支配者である。
だから人間が自然の上位に位置し、自然を管理する権限を神から与えられたから、
一神教圏は自然破壊が延々と続き、地球の破滅を促進してきたのである。

ちなみに共産主義も一神教からの派生した疑似宗教みたいなものだから、
異なる思想を弾圧し大量虐殺し、自然破壊を平気でするのである。
これは旧ソ連邦も、現在のシナも地球規模の自然破壊を進めている。






また日本の仏教は神道と融合している点においても、
メキシコ先住民のキリスト教信仰の形態とよく似ている。

例えば・・・

チアパス州のマヤ先住民たちも、一応はクリスチャンで各村に教会もあるが、
キリスト教の聖人が先住民の宗教の神々にダブらせて信仰されている。
これも神仏習合ではないが、隠れキリシタンのマリア観音みたいなものである。

これに関しては読者でチアパス州在住のパウロ伊藤氏の受け売りである。

日本では元来の神道と仏教とは本地垂迹説神仏習合思想で共存しているし、
そもそも神道の祭祀長である天皇が神道も仏教も両方とも敬えと言っているから、
日本仏教は、オリジナルの仏教とはかなり概念、様相が変化している。


だいたいこんな説明でメキシコ人は理解してくれる。
そしてこの答には実は私なりの別の意図を込めているのだ。
それは・・・



      一神教文化圏の人々にはこういう信仰は理解しがたいだろう。
      しかし千年以上前ゲルマン部族も日本と同じ信仰をもっていた。

      「トールのオーク」と北ゲルマン民族の改宗


特に西欧人は一神教が多神教より優れた高等宗教だと思い込んでいるフシがある。
だから西欧人は多くの先住民やスペイン・ポルトガルの植民地以外の途上国は、
一神教より劣った多神教を信仰していると思っているのではないかと感じる。

私はこれが気に入らない。

本来「神」の概念自体が異なるのだから、一神教と多神教とを比較すべきものではない。
多神教には一神教的な絶対唯一の神という概念がなく、本来的意味の「God」ではない
多神教の神々とは精霊であると言い換えるとわかり易いだろう。

それに一神教の神は怒り嫉妬する人格神である。





ある意味人間的な俗っぽい感情すら持っている「神」といえる。
仏教的人間観では怒ったり、嫉妬するのは修業が足りない凡夫となるのだが、
聖書では神が自分に似せて人間を作ったのだからそうなるのだろう(笑)

そもそも一神教の発生した風土は、農業に適さない乾燥した砂漠や荒野であり、
四季の変化もなく生きること自体が困難を極める土地柄であった故に、
狩猟民族の攻撃性、残虐性、差別性、支配性、非寛容性を併せ持った宗教が誕生した。

こういう生きる事に厳しい環境では、貧者が豊かな者から奪う行為も賞賛されるのだ。
だからロビンフッドやルパンみたいな義賊的な英雄伝が西欧には多いのかもしれない。
だから怒りや嫉妬という感情(ある意味激情)が出てくることは自然なのである。




     厳しい砂漠での生活は攻撃的で猜疑心の強い民族性が出来上がる。



元々一神教は多神教の神々を殺して成立した宗教だけあって、
異教徒を殺すことに何らためらいがないのは歴史の語る通りである。
だから一神教の西欧人には多神教を下に見る傲慢さがあるのだろう。

そんな中で日本は多神教国家だが、産業技術やインフラ、芸術・文化に至るまで、
世界の最先端を行き、過去シナ・ロシア・アメリカとたった一国で戦いを挑んだ、
決して西欧諸国に劣らない優秀な民族であるというニュアンスを絡めている。

特に米露中と一国で戦争を行ったというのは驚かれる。
なぜならこんな大胆不敵な西欧諸国も、ましてや途上国もなかったからである。
ある意味いつも笑顔の日本民族が潜在的に恐れられる理由かもしれない。


神道という多神教国家・日本は、一神教国家にも対等に、
或いはそれ以上に優れた文明をもっているという点でも、
一神教に抗する世界唯一の多神教国家であるのだ。






もう一つ重要な点は・・・

日本では一神教みたいな教義(ドグマ)がないことから宗教戦争がなかった。
一神教国家同士は昔から常に宗教戦争を繰り返してきたことを上げる。
ユダヤ・キリスト・イスラムはルーツが同じで近親憎悪の宗教対立をして来た。

日本の仏教界もいろんな宗派があるが神道とは融合しているので、
日本では歴史的に宗教論争はあったが宗教戦争はなかったと答える。
つまり日本的信仰は一神教より遥かに平和主義な宗教観だと強調する。

日本の神道は、明確な四季の変化や多様な自然に囲まれた土地柄で、
農耕にも狩猟採集にも適した豊かな風土だ。しかも地震・津波・干ばつなど、
風水害が多く自ずと創意工夫を生活に取り入れる民族性が形成された。

しかも島嶼地域のため大規模な民族移動や侵略もなく、
日本列島に漂着した多くの異民族がこの島で混合していった。
このため日本人は温厚・平和・従順・協調性・平等な気質が形成されたのである。



        日本は島国・四季明瞭・自然災害が風土の特徴だ。



恐らくだが・・・

世界中にある先住民のアニミズム信仰は神道に近い発想があるのではないだろうか?
いわゆる多神教の宗教観とは自然と人間の共存思想、平和思想ではないかと思う。
つまりは一神教こそ戦争と自然破壊の元凶だと私は見ているが、間違いだろうか?


    戦争と自然破壊の一神教世界は終焉した。
    21世紀は一万年以上続く多神教精神こそ、
    人類が共存共栄する世界平和への道だ!












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