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伊勢神宮にムスリム礼拝所?

2018年03月06日

内宮近くに多目的スペース
イスラム礼拝にも使える…来年夏 観光案内所に
伊勢市は、伊勢神宮内宮近くの観光案内所に来年夏、イスラム教徒の礼拝場所にも使える多目的スペースを整備する。アジアのイスラム圏からの観光客は増加傾向にあり、礼拝場所を探す不便を感じずに観光を楽しんでもらう狙い。


内宮前のおはらい町周辺では公衆トイレの不足が指摘され、伊勢市は2018年度、宇治浦田観光案内所近くの街路広場に公衆トイレを新設する。来年4月のトイレ使用開始を待ち、観光案内所の男女トイレを改修し、多目的スペースを設ける。

旅行者が休憩したり授乳したりできるほか、床に礼拝用マット、天井にメッカの方向を表示して、イスラム教徒の礼拝場所としても使えるスペースにする。改修費用は数百万円を見込む。

市によると、伊勢市駅観光案内所を訪れたアジアのイスラム圏の観光客は、インドネシア人が2016年15人、17年62人。マレーシア人は16年110人、17年131人。市の担当者は「イスラム教徒も気軽に訪れることができる受け入れ態勢を整えておきたい」と話している。
読売オンライン 2018年02月24日
http://sp.yomiuri.co.jp/local/mie/news/20180226-OYTNT50033.html

<付記 3月9日>
伊勢市 観光案内所に設置予定の多目的室 
ムスリム礼拝所には使用せず 苦情殺到で方針転換 三重

伊勢新聞  3/9(金) 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180309-00000101-isenp-l24



伊勢神宮にムスリム礼拝所?




伊勢市は、伊勢神宮内宮ないくう近くの観光案内所に来年夏、
 イスラム教徒の礼拝場所にも使える多目的スペースを整備する

伊勢市は上手くやったな・・・

なぜなら自治体が特定の宗教を優遇する措置をしてはいけないからだ。
これは政治が特定宗教活動をすることを禁じた憲法20条第3項
に抵触する可能性があるからだ。

だから多目的スペースという誰でも利用できる形をとったのだろう。
実際にイスラム圏からの観光客や移民も増加傾向であるし、
伊勢市もこの憲法20条を意識しての対応策であると思う。

伊勢神宮は天皇家の御祭神・天照大御神を祭る1200年も続く神社であるが、
一応、設置場所が神社の内部ではない外側の観光案内所の中であり、
神道は多神教の性格ゆえに宗教的に特別問題はないと思うし、
逆に異教徒さえも受け入れる神道の度量の広さを見せてもいいだろう。


伊勢神宮にムスリム礼拝所?

               イスラム礼拝所


しかし・・・

ムスリムが礼拝してもかまわないという意味の多目的スペースならいいが、
彼らが礼拝するための場所とするならこれは意味が違ってくるだろう。
イスラム教徒だけに便宜を図るスペースというのはおかしい。

私は、行政はどんな宗教に対しても便宜を図るべきではないと考える者だが、
伊勢市がこれまでキリスト教徒やヒンズー教徒用の礼拝場所を考慮したのだろうか?
それをしないでイスラム教徒だけにこのような便宜を図るのは憲法違反の疑いは濃厚だ。

また偏向&捏造の専門紙・朝日新聞がこういうような偏向報道をして、
またしても懲りない顰蹙を買っていたが、私は別の意味で問題だと思う。
  ↓
嘘の新聞「伊勢神宮近くにイスラム礼拝所設置」⇒
伊勢市「あくまで多目的スペース。報道に困惑している」

http://erakokyu.net/media/asahi/20180227/11305.html


伊勢神宮にムスリム礼拝所?

           朝日新聞はこうやって誤解を与え伊勢市を
           憲法違反の疑いに世論を導びくのである。



それは・・・

イスラム教徒だけにそこまで気遣いする必要があるのだろうか?
またイスラム教徒が異教の神々を祭る神社に参拝(見学訪問?)するのは、
厳格なイスラム教の教義に反することはないのだろうか?

それに・・・

ムスリムは何故に伊勢神宮に来てまでアッラーや、
メッカに向かって礼拝しなければならないのだろう?


個人的感情からいえば、こんな施設は不必要だと考える。
外国人環境客に対する「おもてなし」の配慮はそれはそれで結構だが、
それも内容と程度ものであろう。

まあ伊勢市の説明では、「イスラム教徒が礼拝してもよい」、
という多目的施設ではあるが、それでも私は不可解である。
多目的施設と謳っている施設にわざわざ・・・

「床に礼拝用マット、天井にメッカの方向を表示して、
イスラム教徒の礼拝場所としても使えるスペースにする」


                     ・・・必要性があるのだろうか?


伊勢神宮にムスリム礼拝所?




伊勢神宮は一面では伊勢市の観光名所(資源)とはいえ・・・

1200年以上続く天皇家の重要な宗教施設である。
これを「見世物のような扱い」とは言い過ぎかも知れないが、
観光目的(観光収益)を優先にする発想は如何なものか?

これまで何度かエントリしたイスラム教徒の移民増加への危惧で、
現時点ではまだまだ少数派のムスリムだが、EUみたいに数が増えれば、
彼らの主張はどんどんエスカレートするのではないかと危惧するからだ。

だからあまりにも日本の「おもてなし精神」が過剰になれば、
受ける側のムスリムはこれが当然と思うようになるだろう。
好意に対する感謝を削ぐ危険性がでてくる可能性があるのだ。

そして何よりも宗教に関しては、あまりいい加減な軽い感覚で、
親切心から「おもてなし精神」は多用するべきではないと思う。
なぜなら・・・

  おもてなし精神という文化的な受け取り方が
  必ずしも通用しない異文化もあるからである。



伊勢神宮にムスリム礼拝所?


伊勢神宮にムスリム礼拝所?









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Posted by トラネコ at 00:00│Comments(5)社会思想・宗教
この記事へのコメント
 確かに何故かイスラム教だけが優遇されるっておかしいですよね。
 まさか優遇しなかった場合の「報復」を各観光地が恐れているから、何てことはあり得ないと信じたいですが、イスラム教徒の中に「ウリたちを優遇するニダ!」と主張する連中がいるならば「やはり・・・」と思われても仕方ないですよね。極論すれば「おもてなし」なんて日本でしか通用しない概念だと思いますよ。「ウリもウリも」と自分たちが最優先、なのが国際的な価値観でしょうね。それを前提にした上で観光政策を進めなければ、大きな過ちを犯す事になります。

 そう言う過ちを誘発させかねない朝日新聞の虚報は万死に値しますね。
 自国を貶めるトラブルを起こす事が使命と勘違いしている朝日が一日も早く廃刊になる事を祈らずにはいられません。
Posted by KOBA at 2018年03月06日 02:44
少し前に九州でもムスリムの人達が土葬の墓の場所を要求して問題になっていましたね。トラネコ様が何度か取り上げた通り欧州でも同じことが起こっています。今日はイタリアでも総選挙ですが 移民反対の右派が躍進しているようです。オーストリアも右派が政権を取りましたし ハンガリーポーランドも移民反対の立場ですしドイツでも右派が躍進しています。みんな 左翼の現実無視の多文化共生にうんざりしているようです。今なら 移民反対の声をあげてもレイシスト呼ばわりはされないでしょう。日本の場合 支那朝鮮人移民の方が脅威ですがムスリム対策も必要ですね。あのパリのど真ん中で祈りを捧げる画像のように日本の銀座あたりでやられたら大迷惑ですわ。郷に入ったら郷に従え。権利を要求するなら義務を果たせ。という相互理解が通用しなくなってきている。のが怖いですね。ただ欧州でも移民反対の右派が躍進しているように左翼達も追い詰められていますから 引き続き保守の声をあげていくことですね。その点はネットという技術の進歩に感謝です。支那も習近平が終身主席に成りそうですし そしたら左翼達の安倍首相は独裁。という言葉も通じなくなりますし アメリカはかなり支那に強硬姿勢を打ち出しているように思います。支那も習近平派と江沢民派が争っていますし何やらキナ臭くなってきました。日本もしっかり 防備を固めなければなりませんね。ネットのお蔭で保守の声も高まっていることは確かです。
Posted by 打倒 中共 at 2018年03月06日 05:38
KOBA様
同意です。
そうですね、最近では北海道のアイヌにもパクとかキムという姓がちらほらいて、「ウリ達アイヌ民族の人権を保障するニダ!」とか騒いでいるくらいですから、今後ウリスラム教なんてのが湧いてきそうですねwww



打倒 中共様
同意です。
まあEUはもう手遅れでしょう。
個人的には今世紀半ばにはいくつかの欧州諸国は、イスラム教徒が過半数を占めるような気がしています。

>郷に入ったら郷に従え。権利を要求するなら義務を果たせ。
これを受け入れ当初に明確化しなかった付けは巨大です。
ある意味国家崩壊の原因にもなりかねないのです。日本は絶対にEUを反面教師として学ばねばなりません。
Posted by トラネコ at 2018年03月06日 22:57
>好意を権利と受け取る・・・そういう文化もある

とのことですが、これがユダヤ人の開発した「一神教」が世界を制している最大要因ではないでしょうか。一神教と多神教が同居した場合、日本のような多神教は「いいんじゃない、いろんな神様がいて。だから君たちのことも尊重するよ」と、好意を示すか、少なくとも無用な迫害や改宗の強要まではしないでしょう。しかし一神教は「世界には我々の神がただ一人だけ!君たちの神は認めない」というのが基本のスタンスですから、自分達の絶対的な正しさを力説し、相手をなんとしてでも改宗させようとします。この両者が平等な立場で同居すれば、一神教が多神教を食い殺し全滅させるのは目に見えているのです。だから古代ローマでも、現在のインドでも、その危険性を察知した多神教社会では、一神教を危険分子とみなして迫害しているのです。
恐らく残酷なこともやったであろう、秀吉や家康のキリシタンの迫害は、その植民地の先兵である一神教に対する処置としては、正解でした。ついでに言えば、当時のキリシタンは、奴隷として日本人を海外に輸出していた、との情報さえあります。いまの日本人の大多数は、この一神教という狂信文化を、宗教で血で血を洗う争いをし、いい加減あきあきして、その恐ろしい側面を緩和した近代ヨーロッパ以後の、近代文明にこなれたキリスト教でしか理解していません。
かりにイスラム教徒が人間的にどんなに悪意のない連中であったとしても、その信心が排他的であり、日本のような多神教や、現在の欧米のような近代的自由を、彼らのエリアでは、基本的に認めないことは明らかです。
欧州のまちがいは、このような人々を、近代的自由で野放しにし、その数を増やしてしまったことにあります。近代的自由を認めない連中に、近代的自由を与えることが、そもそも間違っているのです。これは、他人の人権を認めない殺人鬼に、人権擁護を唱えるのと同じことであり、近代的自由のそもそも持っている、危険で自滅的な自己矛盾だと思います。
それにくわえて、日本はもっとも宗教的に寛容な国。ここにイスラムのような前近代的な一神教のエリアができれば、日本の自由も寛容性も、それを悪用されて、ただちに潰されてしまうでしょう。
その点から考えて、この愚行は、行政がグローバリズムのお金の誘惑に屈した、最低の例であり、危険とさえ言えるでしょう。
かつての西欧の植民地主義の先兵がキリスト教ならば、今日のグローバリズム的国家破壊(ユダヤ国際資本の植民地主義)の先兵が、文明破壊のイスラム教徒なのです。
Posted by 丑寅の金さん at 2018年03月07日 17:01
丑寅の金さん様
同意です。
仰るように一神教は一種のイデオロギーですから、共産主義が生まれる十分な精神的風土があったと思います。その精神の土台は、排他性と非寛容性です。それを支えるのが教義(ドグマ)ですから、教義の無い多神教のアニミズム宗教の地域では理論的に対抗できない思想的脆弱性もありました。

しかしここ21世紀にきて事情がかわります。
以前エントリしたイギリスの若者には教会にいかない、キリスト教を信じない人々が増えているが無神論ではないという話、最近EU圏の人によく出会い、そのことを聞くとやはり事実だそうです。いわゆるクリスチャン(しかし無神論者ではない)が減少傾向にあります。やはり教条主義的宗教の一神教の限界値が今きているのではないでしょうか? 70年代にジョン・レノンがイマジンを歌い教会から猛批難を浴びせられ、ニューエイジ・サイエンスなどが起こったころから一神教は衰退してきたと思います。

個人的にはグローバリズムもそう長く続くものではないと思います。これは時代という大きな「意思」によるパラダイムシフトだからです。ただ日本人はあまりのも無知なサービス精神を出し過ぎてしまわないかが心配ですね。
Posted by トラネコ at 2018年03月07日 22:58
 
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